2013年02月17日

迷って野川沿いを伝って帰る〜クロスバイク日誌24)

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■早朝の多摩川。清々しくて気持ちよい! 大声で歌っているおじさんがいました(^∇^)

土曜日の朝は快晴( ̄▽ ̄)
先週は山側を走ったので、今回は久しぶりに多摩川沿いをくだってみました。
早朝の多摩川サイクリングロードは人が少なく快適(´▽`)
寒いからですかねぇ。

この日は風が強く、くだっている時は追い風だったので、かなり楽々野川との合流地点二子玉川まできてしまいました。
一時間ちょっと。
クロスバイクを乗り始めた頃は二子玉川まで来るのに大冒険だったような気がしていたのですが、慣れたものです(*´ω`*)

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■東急田園都市線「二子玉川」駅。野川との合流地点です。

二子玉川まで来たあと、野川を上って帰ろうかとも思いましたが、ちょっくら北上してみようか・・・と思ったのが運の尽き。
東京のバリバリ23区の世田谷区は古くからの住宅街でもあり、道がくねくねしています。
これは、道に迷うパターン(T_T)

地図で調べていても、走っているうちに自分が想定している道と違う場所にいたり・・・。
世田谷区おそるべし・・・。
それでも、城マニアになりつつある私にとっては、運良く世田谷城址公園を見つけたりして喜んだりしてました。

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■馬事公苑。JRAが運営する馬事普及の拠点だそうな。都会の真ん中に馬がいる!

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■世田谷城址公園。南北朝時代に足利氏の同族「吉良氏」が築城したといわれたお城。

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■堀も残っています。

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■東急世田谷線と京王線が交わる「下高井戸」駅。なんと、近くの線路でトラックが立ち往生してしばらく電車が止まっていた・・・

迷い迷いながらも、たどり着いた大通りは甲州街道ヽ(;▽;)ノ
甲州街道は東京都心から府中・八王子に続く大きな道で、以前相方を引き連れて歩いたことがあるので、これで迷うことなく家路につける・・・。

さらにその後、目的の野川にぶつかり、国分寺まで帰ることができました。

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■国分寺市内から湧き出し多摩川にそそぐ野川。これで家に帰れる・・・

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■かもがのんびり泳いでいました。カメラマンさん達が多数。



約50`ほどを半日かけて走行・・・。
もう少し道を覚えますかね〜。

■欲しいものリスト:スマホ用固定器具。
 靴下購入!それでもこの日は寒かった・・・(ToT)


posted by がね〜しゃ at 21:08| Comment(2) | クロスバイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月16日

陶芸をしてみました。

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今日は陶芸の体験教室で作っていた器たちを取りに行ってきました。
元々相方が陶芸に興味があったので、12月に一緒にいってきた時の作品です。
中央線沿線は、多摩地域で良質な土が取れるからか、工房が結構多いのです。
今回は、相方が見つけてきたJR豊田駅近くにある「アトリエ方丈庵」さんで体験させていただきました。

自動でくるくる周るろくろを使うのかなぁ〜、すぐぐちゃぐちゃにしちゃうんじゃないか・・・と思っていたら、手動で回すろくろに手びねりという、土を紐状にしてのせていく方法でしたので、超初心者の私でも無理なく作ることができました。
先生も私たちのああだこうだのお願いを聞いてくれて、丁寧に教えてくださったので出来上がりが楽しみでした。

珈琲大好きな私は、お抹茶のように珈琲を飲む器とデザートを盛るお皿を作ってみました。
まぁ、超初心者ですので、こんなもんでしょうか〜(^_^;)
それでも、自分が作ったとは思えない出来栄え( ̄▽ ̄)

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■こっちはデザート用( ̄▽ ̄)

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■こっちが珈琲用カップです。カフェオレボウルみたいな感じです。

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■さっそく珈琲を淹れてみました〜( ̄ー ̄)

色塗りは先生の実力です(^-^)

普段と同じ珈琲ですが、なんだかいつもより美味しいような(≧∇≦)ナンテ
これは病みつきになるなぁ〜(´▽`)


posted by がね〜しゃ at 22:30| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月11日

峠の手前・あきる野市〜クロスバイク日誌24 )

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■三島神社からあきる野の風景を眺める。静かなところでした。


連休なのにバタバタしていてまともに自転車に乗れていない(ToT)
しっかり乗れる時間のある3連休最後の日は気合を入れて遠出を計画・・・。
めざすは東京都の山岳地域の一歩手前「あきる野市」にある「阿伎留神社」と「三島神社」です。

「阿伎留神社」は、延喜式という古代史研究における第一級史料にも記載されていて武蔵国多摩郡八座の筆頭とされている古代史・神社ファンにとっては堪らない神社( ̄ー ̄)
そして「三島神社」は、国分寺市にある「戸倉神社」にゆかりのある神社。
というのも、この三島神社近辺の戸倉地域の人々が国分寺市の新田開発のために国分寺市の戸倉に入植したのです。

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日野バイパスから多摩サイを経由して、秋川沿いを西へ走る睦橋通りを通って武蔵五日市方面へ向かいます。
山岳方面に向かうので遠くに連なる山々が、だんだん大きく高くなってくる・・・( ´ ▽ ` )
空気も澄んでくるようで、最近体中の静電気がすごいので、ここぞとばかりにマイナスイオン吸収!
地味に登りになっている道のおかげで、体もじんわりと暖かくなってきます。

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■伊奈石。良質な砂岩に目をつけた信州伊奈谷の石工集団がこの地に住みつき、伊奈石産業の元となったのだそうです。

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■伊奈の市神様。伊奈石で作られているそうです。伊奈村は石産業で発展し、この秋川谷の中心の村だったのだそうです。

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■山と山にはさまれて蛇行する秋川。水がめちゃくちゃ綺麗でした。

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■2時間弱でJR武蔵五日市駅へ到着!

最近、ラーメンや唐揚げなど燃費の悪い食べ物を食べ続けて不摂生をしていた体にはちょうど良い有酸素運動となったようで、武蔵五日市駅に到着する頃には溜まっていた脂肪をちょうど消費しつくした感じ( ̄ー ̄)
ここから更に山側へ続く檜原街道を走ります。
睦橋通りもそうですが、車もあまり走っておらず、非常に快適でした(´∀`)

あきる野市は、秋川市と五日市町が平成7年に合併してできた市です。
市名には紆余曲折あったようですが、古くから親しまれている「秋留」に、東の武蔵野、西の秋留「野」という意味合いを込めて「あきる野市」としたのだそうです。(HPより)

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■阿伎留神社。古くは平将門の乱を平定した藤原秀郷も戦勝を祈願したそうです。ちなみに、源頼朝は社領を寄進したのだそう(@_@;)

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■社殿。一時期火事で焼失していましたが、明治期に再建されたのだそうです。

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■よい眺め。流れるのは秋川。さらに奥へ行けば秋川渓谷です。

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■三島(嶋)神社到着。残念ながら工事中で、脇道から登ります。

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■急な坂道を登りに登ってようやく到着。右が三嶋神社。左は武多摩神社です。

阿伎留神社の創立・創建は不詳。
移転の記録もなく、ずっとこの地に有り続けたようです(゚д゚lll)
武士の信仰も厚く、藤原秀郷、源頼朝、足利尊氏、徳川家康なども社領を寄進したとか。

急な山道をひたすら登って到着した三島(嶋)神社も縄文期の石棒が出土しており、古くからこの地に人が住んでいたようです。

ツキノワグマが出没したとの注意書きがされていたこともあり、そそくさと退散。
国分寺市も東京とは思えない場所がありますが、この辺りも東京とは思えない・・・(^_^;)
檜原街道は、戸倉を超えると完全なる峠攻めの道になります。

・・・今日はここまでにしておいてやろう(;´Д`A
帰り際、檜原街道峠攻めと思われる方がロードバイクで颯爽と私の前を通過していきました。
もう少しいけば、瀬音の湯という温泉施設があるようですので、次はもう少し頑張ります(^-^)





帰りは・・・

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■和菓子屋恵比寿屋さんで酒まんじゅうを購入。

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■多摩川沿いで一休みしました( ̄▽ ̄)


■欲しいものリスト:スマホ用固定器具。
 簡易スタンド、靴下を購入しました〜!
posted by がね〜しゃ at 21:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月10日

目黒雅叙園〜百段雛まつり

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目黒雅叙園の「百段雛まつり」を見てきました。
毎年お邪魔している新潟村上市の割烹料亭「新多久」さんのところの雛人形が飾られると、先日教えていただいていたので行ってきました。

雅叙園の見事な建物を背景に、越後・信州・栃木の特色ある雛人形が所狭しと飾られていました。
これがまた見事!
もはや文化財と言っていい年代物の雛人形もあれば、押絵雛や土人形などのちょっと変わったものもあり、地域の特色が出ていて見ていて飽きません。

善光寺の雛人形は、なんと孝明天皇御下賜(;゚Д゚)!
長野県須坂の豪商・田中本家の雛人形は、小さいけれど精巧に作られていてこれまた驚き(゚д゚lll)
人形一つ一つに衣装や小物も含め、十二分に凝っていてため息が漏れます。

「新多久」さんのところの雛人形は草丘の間という百段階段の真ん中位のところにありました。
珍し赤ちゃんと一緒のもので、なんとも微笑ましい!
村上は城下町として栄えた街で、今も歴史ある雛人形が大切に残されているのだそう。
毎年、「町屋のお人形さま巡り」というイベントが行われているようです。

お昼前に到着したのですが、見終わる頃には既に階段には行列が・・・。
ちょっと早めに来てよかった〜(^_^;)

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■相変わらず、見事なエレベーターです。これで上階に行きます。

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■入口に飾られている雛人形は・・・

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■見事に福々しい(^-^)






posted by がね〜しゃ at 20:46| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月03日

節分

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恵方巻き・・・、私が子どもの頃はこんな行事はありませんでした(´ω`)
初めてこの行事に出くわしたのは、大学時代関西に引っ越してから。

毎年、決められた方位に向かって、長い巻き寿司を黙って喰らう。
笑わず喰らう・・・黙々と。

どうも大阪が起源の行事のようですが、今持ってこの丸かぶる意味がよくわかりません( ̄▽ ̄)
ちなみに、根っからの関西人の相方は、寿司屋の陰謀としか言ってくれません・・・(´Д` )

Wikipediaでは・・・

@大阪船場の旦那衆が節分の日に行っていた、遊女に巻きずしを「丸かぶり」させるお大尽遊び(花魁遊び)を元とする説。
A江戸時代の終わり頃、大阪の商人たちの商売繁盛と厄払いの意味合いで、立春の前日の節分に「幸運巻寿司」の習慣が始まったとされたとする説。
B江戸時代末期から明治時代初期において、大阪の商人(「船場の商人」とする資料も存在する)による商売繁盛の祈願事として始まったという説]。起因として「厄落とし・縁起担ぎ」「船場にある階段の中段で女性が太巻きを丸かじりして願い事をした」「船場の旦那衆の遊び」が挙げられている。

結構昔から続いている行事のようではあります。

謎相方と一緒に食べても必ず私のほうが先に食べ終わるので、毎年、相方を笑わそうと手を尽くす・・・というのも、毎年の恒例行事です。

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もちろん節分の豆まきもやりました。
鬼役は私です。

無病息災で今年もいきたいところです。

明日はもう立春です。

posted by がね〜しゃ at 20:13| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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