2013年05月25日

田舎へ/祖母の死

DSC_1439.jpg
■田植えはもう終わっていました。この時期、真っ赤な夕日が田んぼに反射して幻想的な景色を見ることができます。

5年前に大腿骨を骨折して以来、寝たきりだった祖母が亡くなりました。
90歳卒寿のお祝いを行い、その数年後の大往生でした。
ゴールデンウィークに叔父・叔母の葬儀と並行して、祖母のお見舞いに行くことができたことは、ある意味運が良かったのかと・・・。

祖母は認知症だったこともあり、母ですら理解できない状況になりつつありました。
また、既に自分からご飯を食べることもできず、ほぼ寝ている状況。
それなりに、みんな覚悟はできていました。

最後のお見舞いになった日は、家族全員でお見舞いに行ったのですが、運良く起きており、「みんなでお見舞いにきたよ」と言ったら「うんうん」と頷いてくれました。
この時は母のことも理解できたのかもしれません。

数年前、まだ認知症が進みつつあった時は、私の顔を見てもすぐには私だとわからなかったのですが、名前を言うと目が飛び出るくらい驚きの顔をして、「なんとええ子になったかや」といってくれた事をおもいだします。
おそらく祖母にとっては、子どもの頃の印象が強く残っていたのでしょう。
それが、既に40歳近い男が私だと言うのですから、びっくりするのも無理はない(^_^;)

岐阜県の恵那というところは、中山道の大井宿があるので有名です。
ただ、祖母の家はその大井宿からさらに山へ入ったところにあり、子供の頃は本当に田んぼと畑と数件の家しかない場所でした。

畑でいちごを作って、好きなだけとって食べさしてくれたり、水とはちみつを凍らせた「はちみつ氷」なる単純なものをおやつとして出してくれたり・・・。
何もないなかでも孫のためいろいろと工夫してくれました。
とにかく優しくて働き者のおばあちゃんでした。

既に亡くなった祖父の事が大好きだったので、間違いなく天国でもおじいちゃんと一緒に過ごしていることでしょう( ̄▽ ̄)

いつも笑顔だったおばあちゃんだったこともあり、お葬式は、ひ孫も見守る中、親族一同笑顔の絶えないものでした(^-^)

posted by がね〜しゃ at 22:00| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
悲しい出来事が続きました。
どんなに元気だった人も大切な人も
いつかは必ず死を迎えなければなりません。

そのためには・・・。
あとはいい言葉がみつかりません。
一緒に考えていきましょう。

Posted by 北国 at 2013年05月26日 05:17
私はともかく父、母は今月はかなり参っていると思います・・・。
覚悟は出来ていましたが、実際にもう姿を見ることができないと理解すると哀しくなってしまいます。
Posted by がね〜しゃ at 2013年06月01日 22:55
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。